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最高裁判所第三小法廷 昭和44年(ク)376号 決定 1971年12月17日

抗告人

右代表者

前尾繁三郎

右代理人

秋山昭八

外九名

主文

本件抗告を却下する。

抗告費用は抗告人の負担とする。

理由

抗告代理人長野潔(名義)、同秋山昭八、同石原豊昭、同鈴木稔、同平井二郎、抗告指定代理人川島一郎(名義)、同横山茂晴(名義)、同樋口哲夫(名義)、同諸沢正道(名義)、同宮野礼一(名義)、同波多江明の抗告理由について。

所論の点に関し、原決定は、抗告人と相手方(原審における抗告人をいう。以下同じ)。との間には、抗告人が相手方の著作に対する所管行政庁の検定という方式を通して、相手方の有する表現の自由を制限したという法律関係が存在し、検定実施者が検定手続に関して作成することを法律上要求され、かつ、現に作成した文書であつて、検定内容(判定理由)を構成する文書は、一応右法律関係について作成された文書であるとし、本件提出命令申立にかかる原判示各文書はこれに当たる旨判示しているが、一件記録および原決定の全判文に徴すれば、右判示は、(一)検定により表現の自由が侵害された旨の相手方(本件文書提出命令申立人)の主張、(二)本件において教科書原稿についての検定が行なわれたという当事者間に争いのない事実および(三)文部大臣の判定結果の通知に際しては検定基準の各項目との関連を文書によつて指摘しない行政慣行である旨の抗告人の主張を前提とし、このような前提のもとにおいては、前記のような法律関係が存在することとなり、したがつて、本件提出命令申立にかかる原判示各文書は右法律関係について作成された文書であるとしているものにすぎず、原審は、本件検定が相手方の表現の自由を侵害している旨をみずから判断したものではない(なお、原決定は、原判示の各文書が民訴法三一二条三号後段所定の文書に該当するものと判断し、これに該当しないとした第一審決定を取り消し、事件を第一審に差し戻すこととしたものであるところ、原決定は、提出命令の許否の決定は受訴裁判所が訴訟の進行程度に応じて判断すべき専権事項に属するものとし、受訴裁判所が提出命令の申立を却下し、抗告審において提出命令の申立の対象となつている文書が同条各号に該当するか否かが争われている場合には、抗告審はその当否を判断すれば足り、右各号のいずれかに該当すると判断したときは、受訴裁判所である第一審をして訴訟の進行状況、立証の必要等に照らし申立の許否を決定させるべきものとし、事件を第一審に差し戻すべきものとしているにすぎない。)。したがつて、原決定は本件検定が相手方の表現の自由を侵害している旨をみずから判断したものであるとして、原決定の違憲をいう所論は、ひつきよう、その前提を欠くに帰し、特別抗告適法の理由とは認められない。

よつて、本件抗告を不適法として却下することとし、抗告費用は抗告人の負担として、裁判官全員の一致で、主文のとおり決定する。(関根小郷 田中二郎 下村三郎 天野武一)

抗告理由

原決定には憲法第二一条、同第二三条の解釈を誤つた違法がある。

一 原決定は、相手方の著作した高等学校教科書「新日本史」についての昭和三七年八月および同三八年九月各検定申請について同三八年四月の不合格処分、三九年三月の条件付合格処分をなしたことをもつて、抗告人が相手方の有する「表現の自由に対し」相手方の「著作に対する所管行政庁の検定という方式をとおして、これを制限したという法律関係が存在することが認められる。」と判示し、また、「表現、学問の自由を制限する場合には、公共の福祉の内容が具体的に明らかでなければ合法的といいがたく、教科書検定という方式による自由の制限の場合も、もとより軌を一にすると判示している。」そして、この見解を前提として、原決定は本件各文書が文書提出命令の対象となると解している。

二 しかしながら、教科書の検定は表現・学問の自由を制限する性質のものではなく、原決定のこの見解は、憲法の定める表現の自由、学問の自由の意義を誤つて解したものである。その理由を以下に述べる。

(1) この点について考えるには、まず教科書検定制度の趣旨についてみる必要がある。

憲法第二六条は、「すべて国民は、法律の定めるところにより、その能力に応じて、ひとしく教育を受ける権利を有する。」と規定しており、この国民の権利を保障するため教育基本法、学校教育法等により学校教育制度を設けている。そして、小学校・中学校・高等学校等においては、それぞれ初等普通教育、中等普通教育、高等普通教育等を施すことを目的としているが(学校教育法第一七条、第三五条、第四一条)、いずれもいまだ心身の発達がじゆうぶんでない児童・生徒に対して、人格の完成をめざすとともに国家・社会の形成者として必要な教育を施すことを目的としている。

したがつて、そこにおける教育は、地域学校の別なく、ひとしい機会で行なわれるべきものであり、かつ、その水準は常に維持され、向上されなければならず、しかも、その教育の内容は適切なものでなければならない。このような要請にこたえるため国は、教育課程については、教育基本法に定める教育の目的・方針、学校教育法に定める学校の目的・目標にしたがつて、学校教育法施行規則において一定の事項を定め、さらに、教育課程の基準として学習指導要領を定める(学校教育法第二〇条、第三八条、第四三条、学校教育法施行規則第二五条、第五四条の二、第五七条の二)とともに、教科書についても、それが、これらの学校において教育課程を実施するため、各教科の主たる教材として、教授上必要不可欠であることにかんがみ学校教育制度の一環として検定制度をとつているのである。

この教科書検定制度については、学校教育法に次のように定められている。すなわち、学校教育法第二一条第一項には、「小学校においては、文部大臣の検定を経た教科用図書又は文部大臣において著作権を有する教科用図書を使用しなければならない。」と規定し、この規定は中学校については同法第四〇条、高等学校については同法第五一条によつて準用されている。そして教科書の検定の実施について必要な事項は、学校教育法第八八条および第一〇六条の規定により学校教育法施行のため必要な事項の一つとして、文部大臣が定めることになつており、この規定にもとずき、検定の手続および方法については、教科用図書検定規則(昭和二三年文部省令第四号)が、また、検定の基準については、教科用図書検定基準(昭和四三年文部省告示第二八九号)が定められている。

教科書検定制度は、これらの諸規定に基づくものであつて、その趣旨とするところは、特定の図書を教科書として前述の各学校において使用させるのに適切なものであることを認定するものである。

(2) しかして、かかる検定制度は、学校教育における教科書の具体的選択手続の一環たる性格のものと見るべきものである。

すなわち学校教育において各教科の主たる教材として児童・生徒が使用する教科書は、その使用の目的からして、教育基本法に定める教育の目的、学校教育法に定める学校教育の目的・目標および各教科の内容に合致したものでなければならないことは当然である。そして、そのような性質を有する教科書を具体的に確保する手段は、立法政策により決まる問題である。すなわち教育当局において自から著作する場合を別とすれば、広く一般にこの用途に応じた著作物を求め、教科書として適切なものを教育当局において選択することになる。そして、この教科書としての図書の選択を行なう主体としての教育当局を国とするか、あるいは、学校設置者たる公共団体や学校法人とするか、さらにはそれらの機関たる学校とするか等は、もつぱら学校教育制度についての立法政策により決まる問題である。

この点についてのわが国の実定制度においては、教科書の選択について検定と採択の二段にわけ、前者については国が、後者については学校設置者等が行なうものとしている。すなわち、教科書選択の経過全体をみるに、第一段階として、前述のとおり、小学校・中学校・高等学校における教育の機会均等の確保、教育水準の維持向上、適切の教育内容の保障を図るという要請にこたえる責務を負う国が、広く民間で著作された図書のうちから教科書として適格なものを選出し、第二段階として、検定において合格したもののうちから学校設置者等が採択することとなつているのである。

いいかえれば、教科書の選択手続は、国の機関である文部大臣と教科書の採択権者との間でそれぞれの責務に応じて分掌されているという関係になつているのである。すなわち、教科書の発行者ないし著作者との関係からいえば、文部大臣は学校教育の目的にしたがつてこれを利用する立場にあるものである。このことは、たとえば、自から教科書を選択するという制度もありうることを考えればさらに明白である。この選択が文部大臣と採択権者に分掌されたからといつてその性質が変るものでないことはいうまでもない。

さらに、教科書検定の法律的効果について見れば、検定に合格することによつて、小学校等において使用を強制される教科書として、当該図書が採択されるという可能性を生じ、検定に合格しなければ、このような特別な利益を受けないという点に尽きるものである。この点を除いては、教科書検定の合否によつてはその図書を著作し出版し販売することはもとより、学校の児童・生徒ないしはその父兄あるいは一般の人人がこれを購読する上で何らの法律上事実上の影響は生じないものである。

(3) 表現の自由として憲法第二一条によつて保障されているのは、図書の著作出版について見れば、著作者が欲すればこれを著作出版することがさまたげられず、また一般国民が欲すればそれを読んで著作者の思想を知りうるようにすることがさまたげられないということに止まるものであつて、その出版物を一般国民に現実に利用させることまで含むものではなく、出版物をどのように利用するかは、利用者側においてまつたく自由に決定しうべきことがらである。

前述したように、教科書検定制度は学校教育における教科書の選択といういわば出版物利用に関する手続の一環にすぎず、図書の著作出版者が享受する自由を制限するものではなく、検定に不合格となつても、図書の著作出版はもとより当然可能であり、また、それを国民が利用するには支障を生じないのであるから、教科書検定は著作者の表現の自由とはかかわりのないものというべきである。また、検定に合格することは、同一教科に関する他の検定合格図書と共に、他の検定に合格していない図書を排して教科書として採択されうるという特別な利益を享受し、検定に合格しないことは、かかる特別な利益を享受しないというにすぎず、かかる利益は著作者の表現の自由として保障される範囲には属しないものである。しかるに原決定が本件の検定不合格および条件付合格処分をもつて著作者の表現の自由を制限するものと判断したのは、憲法第二一条の解釈を誤つたものといわざるをえない。

(4) 憲法第二三条によつて保障されている学問の自由の内容については「学問的研究の自由とその研究結果の発表の自由を含むものであつて、同条が学問の自由はこれを保障すると規定したのは、一面において大学が学術の中心として深く真理を探究することを本質とすることにかんがみて、特に大学におけるそれらの自由を保障することを趣旨としたものである。教育ないし教授の自由は、学問の自由と密接な関係を有するけれども、必らずしもこれに含まれるものではない。」と解されている(最高裁昭和三八年五月二二日大法廷判決、刑集一七巻四号三七〇頁)。

そして、小学校・中学校・高等学校の教科書は、前述のようにそれぞれの学校の各教科の主たる教材であるから、学術雑誌のように学問研究の結果の自由な発表の場とは、その本質を異にするのである。したがつて、学問の自由の保障は、これらの学校の教科書に学問研究の結果を発表する自由にまで及ぶものではないことは明白である。学校教育において使用を強制される教科書に自己の学問研究の結果を発表できなければ、その学問研究の結果を発表することに支障を生ずるなどというのは社会通念に照らしても容認しがたいものである。

しかるに、教科書検定不合格処分によつて、著作者の学問の自由が制限されるものとの見解を示した原決定は、憲法第二三条の解釈を誤つたものというべきである。以上

<参考>昭和四四年(ク)第三七五号事件

(最高裁昭和四四年(ク)第三七五号、同四六年一二月一七日第三小法廷決定・却下、第二審東京高裁昭和四三年(ラ)第六四九号(昭44.10.15決定))

主文

本件抗告を却下する。

抗告費用は抗告人の負担とする。

理由

抗告代理人長野潔(名義)、同秋山昭八、同石原豊和、同鈴木稔、同平井二郎、抗告指定代理人川島一郎(名義)、同横山茂晴(名義)、同樋口哲夫(名義)、同諸沢正道(名義)、同宮野礼一(名義)、同波多江明の抗告理由について。

所論の点に関し、原決定は、抗告人と相手方(原審における相手方をいう。以下同じ)。との間には、抗告人が相手方の著作に対する所管行政庁の検定という方式を通して、相手方の有する表現の自由を制限したという法律関係が存在し、検定実施者が検定手続に関して作成することを法律上要求され、かつ、かつ、現に作成した文書であつて、検定内容(判定理由)を構成する文書は、一応右法律関係について作成された文書であるとし、本件提出命令申立にかかる原判示各文書はこれに当たる旨判示しているが、一件記録および原決定の全判文に徴すれば、右判示は、(一)検定により表現の自由が侵害された旨の相手方(本件文書提出命令申立人)の主張、(二)本件において教科書原稿についての検定が行なわれたという当事者間に争いのない事実および(三)文部大臣の判定結果の通知に際しては検定基準の各項目との関連を文書によつて指摘しない行政慣行である旨の抗告人の主張を前提とし、このような前提のもとにおいては、前記のような法律関係が存在することとなり、したがつて、本件提出命令申立にかかる原判示各文書は右法律関係について作成された文書であるとしているものにすぎず、原審は、本件検定が相手方の表現の自由を侵害している旨をみずから判断したものではない。それゆえ、原決定が右のような判断をしたものであるとして、決定の違憲をいう所論は、ひつきよう、その前提を欠くに帰し、特別抗告適法の理由とは認められない。

よつて、本件抗告を不適法として却下することとし、抗告費用は抗告人の負担として、裁判官全員の一致で、主文のとおり決定する。(関根小郷 田中二郎 下村三郎 天野武一)

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